「痛って……。なんなんだあの女は」 国崎往人(035)は赤くなった鼻っ面を押さえながら落ちているバックを拾う。 考え事をしていた道中、彼はとある少女―――水瀬名雪(104)に出くわした。 最初の接触が肝要かと思い、親しみの込める笑顔と共に融和的政策に出たというのに、名雪の反応は出会い頭に悲鳴の一撃であった。 往人の言葉を遮って自分のものであろうバックまで投げつけてくる始末。 早くも自身の目標である、人集めが挫折しそうであった。 彼は、スタート地点の分校跡からここに来るまでに、既に行動方針をあらかた決めていた。 第一の優先目標は、当然ゲームからの脱出だ。だが、このまま何もしないで戦い続けたとしたら、それこそ主催者側の思う壺である。 脱出の成功を促すファクターは三つ。 主催者側の対処。首輪の解除。脱出の足だ。 そして、この三つを果たす過程で最も必要なのが人員というわけである。 端的な結論かもしれないが、決して間違いというわけではない。 なにをするにしても、結局は個人では限界があるのだ。陳腐な話だが、皆で協力をするということこそ、ゲーム脱出の鍵になるのではないか。 だが、そのためにはある程度の犠牲も止むを得ないという非情な考えもあった。 正直往人とて、自身が善人とは欠片ほども思ってはいない。ゲームに乗った人間は後の不安材料として、排除することだって躊躇いはない。 脱出の為だの、誰彼の為などと、自己弁護するつもりも毛頭ない。 必要だと思えることは、何だってするつもりだ。 ともかく、人集めも重要だが、自身が生きながらえるのも重要だ。 幸い、神尾家に居候するまでは常にサバイバルであった彼にとって、島での生活など苦にもならない。 それは、殺し合いという一点を除けばの話だが、今まででもそれなりの修羅場を潜り抜けてきたつもりだ。 さすがに、こういったケースが初めてだとしても、それでも自分が不利だとは思わない。 何しろ、彼の支給品は『当たり』に相当するのだから。 「まったく……。このゲームでの唯一の幸運は、このラーメンセットぐらいだな」 勿論、往人限定だが。 幸運の支給品、ラーメンセットが入ったバックを愛しそうに撫で回す。 飢えた獣のようなギラついた眼つきは、誰が見てもお近づきにはなりたくない雰囲気を醸し出していた。 そんな中、ガサリと近くの茂みが囁いた。 「―――誰だっ!?」 「はわっ!?」 物音に即座に反応した往人は、茂みに身体を向け、撫でていたバックを掴み上げて防壁代わりとして前面に据える。 その際、バックからラーメンセットを抜き取っておく徹底振りも忘れない。 本来ならば、木々の隙間にでも転がり込みたいところではあるが、生憎このあたりの立地条件ではそれは望めなかった。 危機的状況に陥った自分の不運に内心で舌を打つが、その張本人が自ら転がり出てきた時に、流石に唖然とした。 「あわわわっ。こ、ころ……ころさないで!」 「……いや、こちらはそのつもりは―――」 「い、いやっ。いやあぁーーー!!」 「ちょ、だからこち―――」 「助けてええええええ!! おねぇちゃぁぁん―――!!!!」 往人の怒声に驚いて茂みから飛び出してしまった少女―――名倉由依(075)は、それはもう一目散に脱兎の如く逃げ出した。 それを呆けて見ていることしかできない往人。 だが、事態は更に混乱へ――― 「―――何事っ!?」 「今度はなんだ!?」 由依が走り去った反対方向から、またもや一人の少女が飛び出した。 往人はやるせなさに瞼が熱くなりそうなのを堪えて、背後を振り返る。 「ひっ」 「なっ!? じ、銃か……」 剥き出しの銃身を持つ『ワルサー P38』の先端が往人の顔面をポイントしている。 往人は顔を引き攣らせながら、更なる危機的状況に後ずさる。 だが、それよりも銃を往人へ向けている少女の方が顔色が悪く、真っ青にしていた。 「あ、あなた……。この数時間で何人殺したの?」 「まて。何を言っている? 俺は誰も殺しちゃいない!」 「ウソよ! いけしゃあしゃあと……よく平気でそんなこと言えるわね!!」 震える腕を気取らせないかのように銃のグリップを強く握りながら、観月マナ(102)は気丈にも詰問する。 往人にしてみれば、マナの言っていることはまるで見当違いだ。 「根拠があるのか根拠が!」 「言葉でいくら言い繕ってもダメよ。わたしがこの場に来た時……あなた殺るきだったくせにっ」 「それこそ勘違いだ! 俺はただ振り返っただけだぞ!?」 「白々しいって言ってんのよ! その血に飢えた凶悪な眼つきが何よりの証拠じゃないの!?」 ―――マテ。 それはなにか? つまり――― 「……俺の身体的特徴が悪いと?」 「はぁ? 身体的特徴? 物は言いようね。それが人としての特徴だなんて……」 「…………」 「それに、さっきの悲鳴……。女の子のようだけど、何したの?」 「まてまて! 卑猥な勘繰りはよせ! マジで何もしちゃいないんだよ!!」 何故か自分より小さな少女に侮蔑の視線を投げかけられた。 完全に往人は殺人者扱いであり、このままいくと変態というレッテルまで上塗りされそうだ。 なんとしても、それだけは人として避けねばならない。 しかし、少女は聞く耳を持たず。 「だから信用できないって言ってんでしょ! それより早く逃げた子追わないと。あんな大声で走り回ったら……」 「ああその通りだ! だから一緒に―――」 「動かないで!! いい? 動いたら……撃つわよ」 マナは銃で牽制しながら往人を大きく迂回して茂みへと消えた。 何の弁明も許されないまま取り残される往人。あっという間の出来事に、本気で泣きたくなってきた。 (最初の女も逃げた女も今の女も皆俺の眼つきのせいなのか!?) この異常なゲームでは、自分の眼つきはデメリットになっているのだと気付いた往人は愕然とする。 これでは、人集めも難航してしまうではないか。 (くそっ。やっぱり知り合いだ。観鈴に晴子に佳乃に聖に美凪にみちるだ!! まずはいずれかと合流……話はそれからだ!) 投げつけてくれた少女のバックと自分のバックを担ぎ直し、思い出したように懐に入れたラーメンセットを取り出した。 「結局……このゲームでの唯一の幸運は、このラーメンセットぐらいだな。でもな―――」 往人のラーメンセットを持つ手が震える。 ―――自分の好物のラーメンセットはなんだったか。 大盛りのラーメンに熱々の炒飯と餃子。サラダが付属していればなお良し。 そんな夢の広がるフルコースではなかったのか。 だというのに――― 「―――こんなレトルトじゃ食べようにも食べられないだろうがちきしょーーーー!!」 往人は皺になったラーメンセット(レトルト)を地面へと叩きつけた。 『国崎往人(035)』 【時間:1日目午後1時30分頃】 【場所:F−04】 【所持品:ラーメンセット(レトルト)・化粧品のポーチ・支給品一式×2】 【状態:普通。知り合いとの合流】 『名倉由依(075)』 【時間:1日目午後1時30分頃】 【場所:F−04】 【所持品:不明】 【状態:錯乱気味。この場から離れる(逃走先は次の書き手さんに)】 『観月マナ(102)』 【時間:1日目午後1時30分頃】 【場所:F−04】 【所持品:ワルサー P38・支給品一式】 【状態:普通。この場から離れる(由依を追うか追わないかは次の書き手さんに)】 - BACK