もし、明日地球が爆発するのなら




――ねぇねぇ、香里。もしさ明日地球が爆発して死んじゃうってわかったらどうする?




 美坂香里はスタート地点である菅原神社から平瀬村に向かって歩いていた。舗装された道からは穏やかな海が見える。
「釣竿があったら釣りも悪くないわね……」
そんなことをつぶやいたときだ。
「う、動かないで!」
背後から声がした。香里はゆっくりと声のしたほうに顔を向けた。
「て、て、手を上げて!」
自分とそう年の変わらない少女だった。
 一応、銃を構えてはいるが、歯がガチガチと音を立てて、手もぶるぶると震えている。おまけに目元が潤んでいて、これではどちらが追い詰められているのかわからない。
「はい、挙げたわよ」
ふう、と息を吐くと大人しく要求どおり、手を挙げる。
「う、う、動かないでよ!」
「わかってるって」
再度念を押すように、彼女は声を荒げた声。
「ご、ご、ごめんなさい。ほ、本当は、こ、ころ、殺したくないんだけど、でも、でもでも浩之ちゃんは帰してあげたいから、
 だからだから、だから私はあなたを、あなたを、こ、ころ、殺さなきゃ、殺さなきゃ、浩之ちゃんはか、帰れないから、だから……」

震える声で免罪符を求める彼女。黙っていたらえんえんと続きそうだったので香里は口を挟む。
「別に恨みはしないわ。その『浩之ちゃん』が帰れるよう、祈ってあげる」
だが、あんな状態では撃ったところでどこに飛ぶかわからない。即死ならいいが、うっかり別のところに当たって悶絶するのは避けたかった。
「な、何で、そんなに落ち着いてるの? し、死んじゃうんだよ。死んじゃうんだよ。もう、友達にも家族にも会えないんだよ」
「ええ、そうね。残念よ。本当に。でも、もう覚悟は済ましたから」
「か、覚悟?」
少女の震えが少し小さくなる。
「ねぇ、友達との雑談でさ、『もし、明日地球が爆発するとしたら』って話題になったことない?」
「え?」
「わかる? 今、この島に120人の人間が殺しあってる。生き残れる確率はくじで決めたとしても1%以下。しかも私はただの女の子よ。殺し合いとなれば、もっと確率が低くなる」
香里の言葉を聴いて一度は小さくなった少女の震えは再び大きくなった。
「つまり、私はこの島で死ぬのよ。十中八九ね。私の地球は遠からず壊れるの。その貴重な期間を殺し合いで浪費するなんて馬鹿げてるわ」
「あ……う……ひぐっ……」
「今、この島でどうすごそうか考えていたとこなの。丁度、釣りも悪くないって思ったとこなんだけどね……」
そう言って香里は後ろの海に目を向けた。自分は釣りなどやったことが無いが、北川くんならやり方を知ってそうな気がする。なんとなくだけど。
相沢君や名雪も呼んだらきっと楽しいに違いない。栞も外に出る機会は少なかったから喜ぶだろう。
「あなたもこの島から帰る前にもし良かったらどうかしら? その『浩之ちゃん』もつれてきて。私の知り合いが楽しい連中なのは保障するわよ」
ああ、そういえば栞は無事でいるだろうか。できるならあの子には生き残ってほしい。自分のエゴでしかないけど。

 眼前の少女に視線を移す。ひっと少女がひきつった声を上げた。そういえば、この子、栞に似てる? いや似てないか。
 かわいそうに、恐怖であんなふうになってしまって。栞もこの島のどこかで震えているのだろうか。
 できることなら行って慰めたい。でもどこにいるのかわからない。口惜しかった。ここで死んでしまうとしたらそれが唯一の心残り。
 ああ、やっぱりまだ死にたくない。栞とまだまだやりたいことがたくさんあるのだ。
「ねぇやっぱり、できることならもう少し殺すのは後にしてほしいんだけど、無理かしら」
「ひぐっ、うっ、あえっ、えぐぅ」
少女の涙はすでにまぶたからあふれ、雫がぽろぽろと頬を流れる。正常なコミュニケーションは取れそうに無かった。
「ねぇ、あなた大丈夫? 相当まいってるみたいだけど」
やさしげに声をかける。それが引き金だった。
「う、うわぁう、うぇっ、うぁーーん!」
ついに少女はその場にペタンとしりもちをつくとその場で泣き出してしまった。銃を持つ手にすでに力は無い。
「怖かったのね。かわいそうに」
香里は少女に近づくと柔らかく抱きしめた。
「う、うぇ、うぇう、えっ」
少女はしばらく、泣き続けた。






「ごめんなさい。ごめんなさい。本当にごめんなさい。私、どうかしてました」
神岸あかりと名乗ったその少女は額を地面にこすり付けんばかりの勢いで謝罪の言葉を述べる。
「気にしてないわ。平気よ」
 ひょっとしたら、自分も栞のためにこのような行動をとっていたのかもしれない。
 そうならなかったのは自分の武器がコンパスというどう考えても生き残れなさそうなものだったからかもしれない。
 ある意味、こういう場では強力な武器を与えられた人間ほど不幸なのだろう。
 それから 二人は知り合いの行く末を互いに聞いてみたが、二人とも島で他の人間を見るのはこれが初めてだった。

「それで、あなたこれからどうするの?」
「え?」
あかりはきょとんとした顔でこちらを見上げた。
「その『浩之ちゃん』を帰してあげたいんじゃないの?」
「ええと、それは……でも、やっぱり私、人を殺すなんてできません」
「まぁ、普通はそうよね」
「でも、このままじゃ浩之ちゃんもみんなも死んじゃうし……」
「みんなもって?」
「あ、知り合いがたくさん来てるんです。クラスメートとかが」
「そう、私と一緒ね」
「香里さんもですか?」
「ええ。皆は今頃何やってるのかしら」
栞も気になるけれど、彼らも大事な友人たちだ。
北川は問題ない気がした。あの男のことだ。結構しぶとく生き延びそうな気がする。
逆に名雪のことはちょっと心配だった。あの子、ぼやぼやしてるから、やる気になった連中に早々と殺されそうな気がする。できることなら、そうなる前に会いたい。
それから相沢くん……
「あの、どうしたんですか?」
いきなり黙ってしまったことに不安を覚えたのか瑞佳がそう聞いてきた。
「あ、ごめんなさい。なんでもないの。ちょっと知り合いのことを考えてただけ」
「やっぱり不安ですか」
「ええ、でも心配したところで始まらないわ。歯がゆいけどね。ところで、神岸さん」
「は、はい」
「帰りたいって言ったわよね」
あかりは一度きょとんとした顔をした後、しっかりとうなずいた。
「じゃあ、ついてらっしゃい。ひょっとしたら、だけどみんなで無事に帰ることができるかもしれない」
「ほ、本当ですか」
「可能性は限りなく低いけどね。どうする? すがってみる?」
「は、はい!」
あかりは元気よく立ち上がると香里の後ろについて歩き出した。
「あの、でも具体的にはどうするんですか」
「無事に帰る方法を考えてそうな人間に心当たりがいるのよ。そいつのところに行くわ」
どのみち栞のいる場所はわからない。この子をあいつに送り届けるのと栞を探すのは同時にできる。





――どうして、突然そんなこと聞くのよ、名雪。

――別に理由なんか無いよ。聞きたいって思っただけ。

――そうだなぁ、俺だったら、とりあえずはあれだな。駅前のカレー屋で全トッピング乗せに挑戦したいな。

――最後の日にしちゃ、ずいぶんしょぼいことやるのね、北川君。

――いいだろうが、別に。そういうお前はどうなんだよ、美坂。

――そうねぇ、粛々と普段どおりにすごすわ。きっと。

――お前のほうがしょぼいじゃねぇか。

――中途半端なのよ、あなたは。

――ねぇ、祐一。祐一だったらどうするの?

――そうだなぁ……考えるんじゃないかな。

――何をだよ。相沢。

――決まってるだろ。みんなが地球から脱出して生き延びる方法をだよ。




美坂香里
【時間:午後12時半ごろ】
【場所:E-01】
【持ち物:コンパス】
【状態:心身ともに正常】

神岸あかり
【時間:午後12時半ごろ】
【場所:E-01】
【持ち物:ワルサーP5】
【状態:やや疲労】
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