「みまみま」 「……」 「みまみま」 「…………」 「みまみま」 「…………えっと」 なんだこれは? そう思わずにはいられない光景が吉岡チエ(117)の前に広がっていた。 始めは、こんな荒唐無稽なゲームに放り込まれたことは、なにか壮大な冗談に思えたが、支給されたものを見て納得せざるを得なかった。 刃渡り三尺の日本刀。鞘から抜いて見た限り本物でもあった。当然、チエのような非力な女性には持ち上げるだけで精一杯であったが。 それに銃声っぽい音までも聞こえてくるのだ。これを、ただのゲームだと決め付けるのは余りにも危険すぎた。 だから、最低限人に見つからぬよう、抜き足差し足忍び足とばかりに常に警戒をして移動していたというのに。 木々のざわめきや、ただの物音に恐怖で身を震わせながら移動していたというのに。 (なんでこの人は呑気に牛丼なんて食べてやがるんスか―――!!) チエが全力で突っ込みたい衝動を我慢している傍らでは、黙々と牛丼を口に運ぶ川澄舞(028)。 この状況を傍から見れば、非常にシュールである。 チエは勿論のこと、舞自身もチエの存在は認識しているはずだが、最初に現れたチエに対して一瞬だけ視線を寄越しただけで、今は牛丼に没頭している。 (というかこの人、ここがどこだか分かってるんでスかね。こっちを警戒している素振りすら見せないし……) 現実を受け入れられないのか、もしくは単純に能天気なだけなのか。一先ず、現状打破の一歩として声を掛けることにした。 「えっと。聞きますけど……何をしてるんスか?」 「…………みまみま」 一度箸を止めた舞は顔を上げてチエをチラリと一瞥するが、すぐさま牛丼の攻略に取り掛かる。 チエは頬を引き攣らせた。彼女が顔を上げて目を合わせたときに、確かに言いたいことは伝わった。 即ち、見れば解るだろう、と。 (くあぁぁ!! 牛丼食ってる? んなこたぁ解ってんだよ! 人がせっかく話を振ったというのにっ) それでも、気を取り直して話を振る。 「移動、しないんスか? いつまでも留まってると危ないと思いますよ?」 「…………みまみま」 「え、え? 無視っスか……」 「ぽんぽこたぬきさん」 「た、タヌキ!? 今度は人のことをタヌキ扱いっスか!?」 「……? ぽんぽこたぬきさん」 「あーーー!? 二度も言ったスね! しかもぽんぽこって!?」 「うるさい。少し黙ってる」 「きぃぃぃ!!」 チエが地団駄を踏んでいる尻目では、やはり舞は牛丼を食している。箸を止める気はないようだ。 だが、飽きずにチエが暴れまわるおかげで砂埃が起こり、舞が嫌そうに顔を顰め、渋々と箸を止める。 (あ……。お、怒らせちゃった……? で、でも! あたしは悪くないっスからね!) 舞が逆切れを起こしたと思い身構えるチエだったが、舞はその様子を気にも留めず、おもむろに自分のバックの中に手を突っ込んだ。 そして、一つの容器をチエへと差し出した。 「……ん」 「へ? く、くれるんすか?」 コクリと頷く。 チエに容器を強引に押し付けると、再び牛丼に没頭する。 これも意訳すると、牛丼やるから黙ってろ、だ。 (け、ケモノかあたしは……) 釈然としない思いに駆られつつも、チエは舞の横へと腰を下ろして牛丼を食べ始める。 丁度、空腹でもあったので好都合と思うことにした。 「みまみま」 「もぐ……もぐ」 「みまみま」 「もぐ……もぐ。……あの、もしかしてこれが支給品スっか?」 「はちみつくまさん。一週間分」 そう言って、バックの中身を広げて見せた。 この際動物発言は無視だ。とりあえず覗くと、はちきれんばかりに牛丼容器がバックに詰められていた。ご丁重に、割り箸も数十膳。 しかし、一週間分といったって――― 「でも、牛丼が一週間も持つはずないっスよね」 あはは、と場を和ませるために笑い飛ばした一言に舞は硬直する。 箸を持つ手がブルブルと震えた。 「…………」 「え〜と。まさか?」 「…………盲点だった」 ダメだコイツ。一瞬ホンキでそう思った。 だが、舞が強く箸を握り締めてチエに向かって宣言する。 「食べる」 「……マジで?」 コクリと強く頷いて、舞は牛丼が入ったバックを二人が手を伸ばせる位置へと自然に移動させた。 眼前に立ち塞がる、牛丼一週間分。 「鮮度が落ちる前に全部食べる」 「あ、あたしもっスか!?」 「はちみつくまさん」 コクリと、一層と強く頷いた。 『川澄舞(028)』 【時間:1日目午後1時頃】 【場所:G−04】 【所持品:牛丼一週間分(割箸付き)。支給品一式】 【状態:普通。まずは牛丼制覇】 『吉岡チエ(117)』 【時間:1日目午後1時頃】 【場所:G−04】 【所持品:日本刀。支給品一式】 【状態:普通。済し崩しに牛丼制覇】 - BACK