参加者の多くが人目を避けて林や建物の中に逃げ込もうとしていた中、一人悠然と砂浜を歩く老人がいた。 この男こそ世界の支配者に最も近い男、篁財閥総帥だった。 彼もまた本来の力を封印されていたが、銃器で武装した人間ごときはどうにでもあしらえるだけの力をその身に残していた。 油断さえしなければ、むしろ見晴らしのいい場所の方が彼には有利だった。 彼は今、もちろんただ漫然と散歩しているわけではない。 この島にかけられている術を見極めるための探索を行っているのだ。 「しかし……この私を強制的に転移させ力まで封じるとは……」 このような芸当ができるのは、理会者の手の者……いや(同じことだが)、自分の同類、理外の者か。 世界各地の神話や伝承の中に怪物や悪魔、あるいは神として名を残している同類の中には自分の知らない強者がいても不思議ではない。 この催しの名簿に奈須宗一の名前があったことから、その意図も推測がつく。 “敵”についての考えを巡らしながら歩いていると、遠くの砂浜に座っている少女が目に入った。 この状況で無防備にしゃがみ込んでいられるのは自分と同じよほどの強者か、さもなければ正常な判断ができなくなった人間かだ。 篁はまず前者である可能性を考え、それ以上近づくことなく相手を観察した。 (……霊体か。随分と密度の高い高級な霊質を備えているようだが力は人間と変わらぬようだな) 自分に仇為す存在ではないと判断した篁は、僅かでも力を取り戻す糧になるかもしれないと考え少女に近づいて行った。 シュッ……シュッ……。 少女は気付かないのか、篁がすぐ側に寄っても顔を上げず、小さな手に余る大きなナイフでぎこちなく木を彫っていた。 時々手を切っては「んー……」と顔をしかめ、それでも懲りずにナイフを握り直す。 (ふむ……) 芸術的にはまったく見るべき所の無い素人の拙い木彫り。 だがそこには、篁の関心を惹くに足る“人の強い想い”が感じられた。 「わっ…」 また指を切ったのか少女が声を出した。 刃が深々と――篁の胸に突き刺さっていた。 「こ……こんな……」 心臓を貫かれた篁は己の肉体が死んでいくのを感じた。 ……普段であれば人としての死など物の数ではない。 だが、今だけは、大部分の力を封じられた今だけは別だった。 今ここでうつし世とのつながりが断たれれば、一旦はこの世界からの完全な撤退を強いられることになる。 摂理の外にある存在である彼も、摂理を超えた所にある摂理、より上位の世界のルールには従うしかなかった。 (再び……数百年もの間……時を窺わねばならぬのか……オ……ノ……レ……) こうして世界は当面の危機から救われた。 「……なんか飛びました」 063 篁 死亡 008 伊吹風子 【時間:一日目1時頃】 【場所:C-02の砂浜】 【持ち物:スペツナズナイフの柄(刃は篁の胸に刺さったまま)、彫りかけのヒトデ、支給品一式(水は重いので捨てた)】 【状態:ナイフの刃が無くなって混乱中】 【その他】 ・風子のスタート地点はA-2(岬) ・篁のスタート地点はG-3(平瀬村分校跡) ・篁の武器と荷物は死体の側で放置。 ・スペツナズナイフの刃はたぶん戻せません - BACK