「さて、なぜこんな状況に置かれているのか」 「……」 「俺も嫌われたものだ」 男はメガネを指で押さえ、当然か、と冷笑した。 「……」 「出会いがしらに銃をつきつけられるとはな」 「…………」 「……なんとか言ったらどうなんだ、柏木の娘」 柳川祐也(111)は自分に銃を突きつける少女――柏木楓(18)に冷たく言った。 しかし楓は表情を崩さない。 スタート地点であるホテル跡(E-04)に程近い森の中、二人は静かに対峙していた。 場面にそぐわない清涼な風が、楓の髪を、そしてセーラー服をなびかせる。 辺りは恐ろしいほどに静かだ。 まだ、スタートからそう時間は経っていない。先にスタートしたのは楓のほうだった。時間的には、最初の十人ということになる。 もしかしたら、千鶴や梓、初音、そして耕一が同じ場所からのスタートだとしたら、無闇に動き回るより、ここで待ち伏せたほうが得策だと考えての行動だったのだが……。 (なんで、よりにもよってこいつなの……) 森の中からスタート場所をうかがい、最初の3分で出てきたのは、顔も知らない女の子だった。自分と同じ年齢くらいで、とても気弱そうな子だった。 こんな子まで殺し合いに巻き込まれるなんて……と楓は不憫に思い、助力してあげたいと考えたが、やむやむ我慢した。 まずは、みんなに会うことが先決なのだから。 その甲斐あってか、次に出てきたのは見知った顔だった。 ――けれど、その男はよりにもよって柳川だった。はっきりいって落胆した。最低最悪だ。 無視。徹底的に無視。むしろ死ねばいいと視線をはずしたのだが……。 次の瞬間には、なぜか目の前にいた。 こんなことってありえない。 しかも 「ぉお奇遇だな、柏木の娘」 なんて気安く呼ぶものだから、つい、至急品だった拳銃を構えてしまった。 「……そろそろ構えをとかないか」 「……」 「もう何分こうしていると思うんだ」 「……」 「さっきも言っただろう? 俺は殺し合いなどするつもりもないと」 「……」 「……それに武器だって外れもハズレ、大ハズレのハンガーだぞ」 そういって、リュックから取り出したハンガーをくねらせる。 「……」 「これで一体どうしろっていうんだよな。 いや参った」 「……」 この、馴れ馴れしい態度、ありえない。 柳川はこんな人間じゃない。柳川が話しかけるほどに、楓の警戒心は高まっていく。 「……それに、お前も気づいているだろう」 「……?」 柳川の急に冷めた口ぶりに、楓は一瞬面食らう。 「まったく鬼の力が働かない」 「……」 確かに、と。 小さく、楓は頷いた。さっきからどことなく身体が重い。それに、気配を察知する能力にも若干の翳りが見える。 これでは自分達は普通の人間と変わらない。 「こんな芸当ができるなんて、やつら……一体なにものだ?」 柳川は当てもなく、大空を仰いだ。 「……わからない」 とりあえず攻撃してくる心配はなさそうだ、と判断した楓はようやく口を開いた。 しかし相変わらず銃口の先は柳川の眉間を捉えている。 「それに……お前の持っている銃」 柳川は楓の持つそれを指差した。 「……?」 「コルト・ディテクティブスペシャル(Colt Detective Special)」 「……コルト・ディテクティブスペシャル?」 「アメリカのコルト社が1927年に開発した38口径の回転式拳銃。使用弾は.38スペシャル弾、装弾数は6発。全長は178mm、重量は約660g」 「……」 柳川の思わぬ博識に、楓はきょとんとした表情を見せた。 「一応、これでも警察だからな。それにディテクティブの名のとおり、探偵や私服警官用として使用されることが多い」 「…犯罪者のくせに」 「……」 「……」 「それにな、これは前期型なんだ」 「前期……?」 「前期型はエジェクターロッドが剥ぎ出しの銃身を持っていて、現在はほとんど出回っていない代物だ」 「……」 「……いよいよ、こいつはやばい奴らが絡んでいそうだぞ」 「……」 「……日本の警察は動いているのか?」 「……」 「……少なくとも、隆山署の連中は、俺がいないことを不審に思うだろうが……」 「よく喋るのね」 「……まぁな」 「…………」 揶揄したつもりがまじめに返され、楓は言葉に窮した。 「……俺は、この主催者側の人間を殺す」 唐突にそういった柳川の目は恐ろしく鋭い。 『殺す』。柳川が言うと、かなりの凄みがあった。 「……そう」 しかし感慨もなさそうに、楓は答える。 「……ハンガーで? 相手はきっと銃を持っているし、爆弾だってある。 それに、奴らの場所だってわからない。 無駄」 首にかけられたそれを憎憎しげに見つめ、楓は柳川に向いた。 「ほぅ、お前もやけに御喋りじゃないか」 「……そんなんじゃない」 本当はこんなやつ(柳川)は死んでいい。 むしろ、ここで殺してやりたいくらいだ。 けれど、今は一つの共通項でつながっていた。 『こんなくだらないこと、終わりにしてやる』――と。 「……話は終わりだ。 じゃぁ、俺はいくぞ。 こんなふざけた奴ら――この狩猟者が許さん」 柳川は背を楓に背を向け、歩き出す。 結局、彼はなにをしたかったのだろうか。私の前まできて、わざわざ自分の考えを述べたりして。 知ってほしい? 私に? なんの為に? 様々な疑問が楓を襲う。 それに、いくら雨月山の鬼の力が流れていても、今二人(厳密には耕一たちを含め6人) は、ただの人間だ。 いくら柳川が警察官とはいえ、ハンガー一つで大立ち回りが出来るとは考えられない。 「ちょと――」 そう思った途端、思わず楓は柳川を呼び止めた。 「なんだ――?」 おどろくほど素直に、柳川は立ち止まる。 こんな柳川に、楓はすこし不安になる。――嫌な奴なのに。 なぜか今日はそんな気がしない。 「…………」 「用がないのなら行くぞ――」 一度も振り返らず、柳川は再び歩みだす。 「…………」 その背中に、なぜだか叔父の姿が重なった。大きくて、でも耕一とは違う……どこか陰のある、さびしそうな背中が。 たっ。 「――?」 駆け出す音に、柳川は再び歩みを止めた。 けれどもすぐにまた歩を進める。 ひとつだけ違うこと。 それは、足音が二つあること。 「……ふん、物好きめ」 薄く、柳川が冷笑した。 歩みながら、視線も交わさず、二人は言葉を交わす。 「……勘違いしないで。 ……どうせ敵の所在に当てがないのなら、島中を歩きまわらなくちゃならない。 それは、姉さん達を探す私の目的と一致する。 だったら、二人で行動したほうが効率いいし、なおかつ安全」 淡々と楓は告げる。 「効率はいいかもしれないが、お前は銃を持っているし、俺は別にお前を守ってやることもない。 生存確率が上がるのは、せいぜい俺だけだ」 「……」 「まぁ、お前が持つ銃だけで、十分、敵襲への抑止力には役立つか」 「……そう言ったつもり」 「……やっぱり物好きだよ、お前は」 少し考えた素振りした後、頷く楓に、柳川は鼻で笑った。 「……でも、あなたが変な行動を起こしたら、すぐに殺すから」 その目は本気だ。 完全には信用されていない。 それは柳川も百も承知だし、別に信頼関係を築こうとも考えていない。 ただ、薄からずの血縁関係は、この状況下で決して悪ではない。 「……」 「……」 「……好きにしろ」 愉快そうに、柳川は表情を歪めた。 柏木楓 【時間:午前11:40】 【場所:スタート地点(E-04)付近の森から移動中】 【所持品:コルト・ディテクティブスペシャル(Colt Detective Special)・他支給品】 【弾数12(内6発は装填)】 【状況:耕一たちを探す(柳川と行動を共にするが、信頼はしていない)】 柳川祐也 【時間:午前11:40】 【場所:E-04の森から移動を始める】 【所持品:支給品 武器:ハンガー(針金製)】 【状況:主催者側の抹殺を画策。なぜか柏木楓と行動を共にする】 【状況2:現在のところ、参加者を殺す考えはない】 柏木楓・柳川祐也 【状況:鬼の力制限】 BACK