どうして自分がこんな所で殺し合いをしなければならないのか。 藍原瑞穂(002)は震えながら膝を抱えて座り込んでいた。 殺し合いを促すワケの解らない映像を見させられて、強引に何処だか分からぬ土地に投げ出されて。 普通に生きてきた私が生き残れるはずもない、と自虐的に考えてしまう。普段内気な性格の彼女がそう思うのも無理からぬことだ。 「やだ、やだ、やだよ……っ。香奈子ちゃん香奈子ちゃん香奈子ちゃん……」 瑞穂は実のところ出発地点から移動はしていない。C−3の村役場からの外から、次の参加者が出てきても見える位置で見張っているのだ。 いや、見張っているわけではない。彼女はただ、信用できる友達が来るのをひたすら待っているのだ。 ここから出発するとも限らないのに、それでも震えながら迎えを待つ。 彼女は誰かに助けてもらうしか選択肢はないのだから。 その時、役場から人が出てきた。 「―――ひぅ!?」 ―――ただ出てきただけなのに!? 瑞穂は人が役場から出てきただけで過剰に反応してしまう己の身体に愕然とする。 極限の緊張状態は彼女の精神を多大に磨耗させていた。 喉からでる悲鳴を押さえ込もうとしたが、後の祭りだ。 「……だれか、いるのかな?」 その声にビクリと肩を震わせる瑞穂。 完全に視線はこちらの位置へと向いている。バレた。 カチカチと歯を鳴らす音がこの辺り一帯に響いているのではないかと錯覚してしまう。 (し、知らない人だっ。ど、どう……どうしよ!? わ、わたっわたし殺されるの!? イヤだイヤだイヤだイヤだ!!) 逃げようにも腰が抜け、足までも竦んでしまい上手く立ち上がることもままならない。 無様に這い蹲るようにして、瑞穂をその場から必死で立ち去ろうとする。 「あ、大丈夫だよ。ボクはこのゲームに乗るつもりはないからさ」 だが、逃げる瑞穂の背に向かって投げられた言葉は、この殺伐としたゲームとは関係がないかのように安穏としていた。 その声に瑞穂は動きを止める。 普通に錯乱状態ならば、声など聞き落として狼狽しながら逃げ出そうものだが、彼女は違った。 殺す殺される云々より、彼女は誰かの庇護の元につき、安心を得たかったのだ。 望むなら親友の太田香奈子だが、守ってくれるのならばこの際誰でもいい。 なによりも、この極限の緊張状態から開放されたいという想いのほうが強いのだ。 わざわざ、危険にも関わらず声をかけてきたのだ。乗った人間であるはずがない。 乗った人間でないのなら、きっと私を守ってくれる。 そう自分に言い聞かせるように、瑞穂は恐る恐る振り返る。 「あ、あの……その。わっわたし!」 「うん。そんなに怖がらないで。ボクはこの通りやる気がないからさ。えっと……」 「あ、瑞穂です! 藍原瑞穂と言います」 「瑞穂ちゃんかぁ……うん、よろしくね。ボクは柊勝平」 よろしくとばかりに片手を差し出す柊勝平(081)の手を、呆けてみていた瑞穂は慌てて握り返した。 勝平は握った腕を引っ張って瑞穂を立たせてあげる。緊張がほぐれたのか、震えていた膝は止まり、立ち上がることができた。 改めて正面から勝平の顔を見て驚く。 (綺麗な人……。でも、勝平ってことは……男のヒト!?) 勝平の中性的な顔に瑞穂が目を見張る。 そして、異常なゲームに投げ込まれたというのに、常に笑顔を絶やさない勝平には感嘆してしまう。心強いとも思ってしまう。 「瑞穂ちゃんはこの後どうするの? ボクは知り合いを探そうと思ってるんだけど」 「わ、私も連れて行ってくれますか? そ、その……一人では心細くて……」 「勿論オッケーだよ。でも、瑞穂ちゃんは探したい人とかいないの?」 「あ……何人か。私も友達の香奈子ちゃんや祐介さんを……」 「わかったよ。じゃ、そのお友達の香奈子ちゃんや祐介クンも探そうか」 「ありがとうございます!」 本当に良い人でよかった、そう思わずにいられない瑞穂だ。 彼に着いていけば、きっと香奈子にも会えるという根拠のない自信まで出てきた。 勝平も瑞穂の嬉しそうで安心した様子に、一層微笑を深める。 そして、彼はバックを漁り、自分の支給品を瑞穂に見せた。 「えっと、これがボクの支給品ね。あまり役に立ちそうにないなぁ……」 「そ、それは……鉈ですね」 「うん、そうみたいだ。―――瑞穂ちゃんのはどういうモノかな?」 「え? あ、私まだ確認してませんでした。ちょっと、待ってくださいね」 瑞穂は勝平に背を向けて背後にあった自分のバックを漁りだす。 「あっ! ありましたよ柊さ―――」 ―――グシャリという衝撃音。 瑞穂が覚えていたのは此処までだ。 「へぇ……。瑞穂ちゃんのはこういう色をしてるんだ……」 ぐちゃりぐちゃりと、何かを掻き回す異音。 勝平が一人で感心しながらナニかを掻き回していた。 先程と変わらぬ朗らかな勝平の声が薄ら寒く感じられる。 「やっぱり人によって違うのかな? まあ、いいや。それと瑞穂ちゃん。その首輪借りるね? 何かに使えるかもしれないし、君にはもう必要ないよね」 掻き混ぜていた腕を止め、さらに高く腕を振り上げ、渾身の力で振り落とす。 それを、何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返す。 やがて、一仕事終えたとばかりに爽快の汗を流す勝平。 「ふぅ。やっぱり、この鉈あまり役に立たなかったな……」 真っ赤に塗れ、油が付き、刃こぼれした鉈をその辺に放り投げ、変わりに首輪と瑞穂のバックを拾う。 首輪は埋め込まれていたため、肉片ごと抉り取った。爆発するという不安もあったが、杞憂に終わったようだ。 そして、開け放たれた瑞穂のバックの中身を覗いてみる。 「これは……手榴弾ってやつだよね。うん、これも借りるね」 手榴弾は三つ。いずれも自分のバックに詰める。 簡単に身支度をした勝平は地面に広がる凄惨なソレに目を向けることもなく歩き出した。 「さてと、次はどうしようか。朋也クンや春原クンのは、どんなモノなんだろ。楽しみだなぁ…… 瑞穂ちゃんと約束した、香奈子ちゃんに祐介クンとも会わないとね うん。椋さんに良い土産話ができそうだよ」 勝平は笑顔を絶やさず歩き出す。 背後には、原型を留めていない無残に引き裂かれた頭部が静かに転がっていた。 結局のところ、彼女の頭は正常に思考していなかったということになる。 この異常なゲームで、ニコニコと朗らかに笑っている人間が正常といえるのか。異常だと気付くべきだったのだ。 何故唐突に自分の支給品など見せたのか。ここで警戒すべきだったのだ。 彼女があの場で待機してから、勝平が現れるまで実にたったの三分。 だが、恐怖で感覚が麻痺していた彼女には、それは永遠ともいえる時間であった。 そんな瑞穂に正常な思考力を求めるのは酷だったという話だ。 『柊勝平(081)』 【時間:1日目午前11時30分頃】 【場所:C−03(スタート地点付近)】 【所持品:手榴弾三つ。首輪。他支給品一式】 【状態:普通。人が集まりそうな場所へと移動】 【その他:勝平編1話】 002 藍原瑞穂 【死亡】 - BACK