121番




久瀬は一人、考えている。

小さな部屋だった。
窓はなく、無機質な白い壁が四方を囲んでいた。
その部屋の中央には一脚の椅子。
久瀬はそこに腰を掛けていた。

眼前には、小さな机に載せられた、これまた小さなモニターがひとつ。
そこには先程まで、およそ常軌を逸した言動を取る兎の人形が映っていた。
質の良くない悪戯に巻き込まれたという不快さは、今はもう感じられない。

兎の人形の狂った演説の後、次々と切り替わる画面に映っていたのは、
一様に困惑と恐怖の入り混じった、顔、顔、顔。
おそらくは自分とそう変わらない年齢の少年少女がその大部分を占めていた。
その中に見知った顔が幾つも混ざっているのを見るに至って、
久瀬はこれが少なくとも単純な悪戯などではないと確信していた。

現時点においてすら、これは極めて大規模な誘拐事件だ。
そして、あの人形の言葉が真実だとすれば、この先に待つのはより深刻な、
前代未聞の惨劇だろう。
準備段階においても実行段階においても個人の力ではあり得ない、およそ
想像の範疇外にある何らかの組織による犯行。


「―――問題は、その目的か」

どの道、部屋からは出られない。
唯一の出入り口であろう扉は施錠されているらしく、まるで開く気配がない。
モニターを見ろと、惨劇をただ見届けるのがお前の仕事だと、無言の内に
語り掛けているように、久瀬には感じられた。
扉の下、低い位置に差し入れ口があるところを見ると、この部屋自体が元来、
軟禁を目的として誂えられたものらしい。
自分を殺すつもりがないのならば、水や食料が定期的に差し入れられるのだろう。

小さな溜息を一つつくと、久瀬は画面に目をやり、同時に思索を巡らせ始める。
この下らなくも壮大な、馬鹿げた惨劇を引き起こしたのが何処の誰だか、
今のところはわからない。
しかしどうやらその誰かが、画面に映る多くの人間とは違う役割を自分に
与えたのは確かなようだった。

ならば、と久瀬は思う。
ならば、その差異には意味がある。
そしてそこには、何らかの鍵が隠されている。
与えられた役割を正確に読み解いていけば、そこには意図がある、思惑がある。
当面はその思惑を手繰ること。
それがこの状況を打開する糸口となることを信じて、久瀬は一人、小さな部屋で
モニターを睨んでいる。


…そら、画面が切り替わる、次に映るのは誰だ―――。




久瀬 【時間:開始直後】 【場所:不明】 【持ち物:無し】 【状況:健康】

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