「おいおい、なんだってんだよ……」 説明を聞き終わった藤田浩之(89)は、思わず漏らした。 いきなりこんなとこに連れてこられて、挙句には殺しあえ、だって? 「はっ! 冗談きついって」 口の端を持ち上げ、笑おうとするが、なぜかうまく表情筋が機能しない。 緊張。 喉がからからと渇く。 過去にない緊張がそうさせる。 『これは、冗談じゃない』 直感が、そう告げていた。 首に巻かれた金属。……爆弾。 「ふざ、けんなよ……」 かすかに震えた声が虚しく響く。 認めたくない。 こんな状況を、受け入れたくない。 あたりめーだ。 しかし、ただ否定するだけじゃどうにもならないのも事実。 浩之はもう一度、放送を思い返した。 今自分に出来ることはそれしかなかったから。 「ここは沖木島……連れてこられた人間は俺を含めて120人。そいつら全員で殺し合いをしろ……」 その中にはたぶん、あかりや志保、雅史もいるはずだ。今あいつらはどうしているんだ? もしかしたら、このすぐ隣には、知り合いがいるかもしれないが、その様子を窺い知ることは出来ない。 「ついこの間まで、くだらねぇ話してたっつーのによ……」 再び、回想を始める。 「たしか、『参加者の中には何人か人間とは思えないような連中がいる』とも言ってたな」 「人間じゃねぇって、じゃぁそいつらは宇宙からの惑星Xかなんかかよ? 志保が泣いて喜びそうだぜ」 必死に、平静を取り戻そうと独り喋り続ける。 「能力はある程度制限されてるって、どんな能力だ?」 サイコキネシス、気孔……能力といわれて思い浮かぶのはそれくらいだが、この程度ではとても『人間とは思えない』なんて言い方はしないだろう。 「だっぁーっ! わかんねぇぇぇっ!!!」 結局、自分に出来たことなんて、放送の反芻だけだ。そこから新事実なぞ到底導き出せない。 不安はどんどん高鳴る。『ゲームスタート』は刻一刻と迫ってくる。 「あんな放送聴いて『はいそうですか』なんて言えるわけねぇぜ、くそ、くそっ!」 悪態ばかりが口をつく。 その一方で、頭は必死に冷静さを求める。 「考えろ、考えろ……」 ……自分はなにをすべきか。なにが出来るのか。 支給品にもよる。殺し合いなんて、するべきじゃない。 当然だ。 だが、最悪の場合(考えたくはないが)、相手が襲ってきたら? 自分の命を差し出せるか? ……その可能性は0じゃない。 もしかしたら、もうやる気になっている奴らもいるかもしれないんだ。 顔も知らない殺人鬼が自分を襲ってくる光景を想像し、浩之は思わず身震いしてしまう。 「……冗談じゃねぇぜ。 そう簡単に死ねるかよ……」 「……まずは、あかり達を見つけよう。 全てはそっからだ」 ようやく浩之は決起する。結局浮かんだのは、至極当然の案だった。 いや、今、一番それが求められているんだ。いかに冷静な判断を下せるか、それが重要だ。 浩之は心に刻む。 「常に冷静になれ。俺が、あいつらを守るんだ……」 言い聞かせるように呟く。 「俺はあいつらの兄貴役なんだから……」 そこでようやく、腕の拘束が解かれた。 「…………」 立ち上がり、長い間拘束されていた腕をほぐす。 「……あかり、待ってろよ」 自分のやけに真剣な声に、浩之は思わず笑みを浮かべた。それは自然に生まれた笑みだった。 そんなに気張らなくてもいい。いつも通りの俺でいい。 あいつらに会ったとき、自然に笑える自分がいればいい。 あいつらに、……あかりに面倒くさそうなポーズが出来ればいい。 そしたら、あいつらはいつものように、三者三様のリアクションを取るんだ。……ずっとそうしてきたんだ。 浩之はゆっくりと歩みだし、ドアノブを開き外に出る。あの憎憎しい説明に従って、リュックを獲得する。ずしりと重たいそれを肩に引っ掛け、出口に向かう。 ここから先は、どこにどんな危険が待ち受けているか判らない。 ……胸が高鳴る。 不安と恐怖に打ち震えるように。 けれども、そんなもの、俺には似合わない。 だから、俺は――。 「――かったりぃ」 ――日常を演じた。 「当分は、『これ』もお預けだからな」 僅かに微笑む浩之。 日常へのしばしの別れを果たし、浩之は確かな決意を胸に、非日常へと足を踏み入れる。この別れは、決して永訣なんかじゃない。 「絶対に……、取り戻すぜ」 この瞬間から、全ては始まる。 藤田浩之 【時間:一日目午前11時26分】 【場所スタート地点その7焼場付近(H-07)】 【持ち物:重たいリュック(中身は未確認)】 【状況:あかり達を探す】 - BACK