第四話‐日常はおあずけ




「おいおい、なんだってんだよ……」
 説明を聞き終わった藤田浩之(89)は、思わず漏らした。
 いきなりこんなとこに連れてこられて、挙句には殺しあえ、だって? 
「はっ! 冗談きついって」
 口の端を持ち上げ、笑おうとするが、なぜかうまく表情筋が機能しない。
 緊張。
 喉がからからと渇く。 過去にない緊張がそうさせる。
『これは、冗談じゃない』 直感が、そう告げていた。
 
 首に巻かれた金属。……爆弾。
「ふざ、けんなよ……」
 かすかに震えた声が虚しく響く。 
 認めたくない。 こんな状況を、受け入れたくない。 あたりめーだ。
 しかし、ただ否定するだけじゃどうにもならないのも事実。
 浩之はもう一度、放送を思い返した。 今自分に出来ることはそれしかなかったから。

「ここは沖木島……連れてこられた人間は俺を含めて120人。そいつら全員で殺し合いをしろ……」
 その中にはたぶん、あかりや志保、雅史もいるはずだ。今あいつらはどうしているんだ?
 もしかしたら、このすぐ隣には、知り合いがいるかもしれないが、その様子を窺い知ることは出来ない。

「ついこの間まで、くだらねぇ話してたっつーのによ……」
 再び、回想を始める。
「たしか、『参加者の中には何人か人間とは思えないような連中がいる』とも言ってたな」
「人間じゃねぇって、じゃぁそいつらは宇宙からの惑星Xかなんかかよ? 志保が泣いて喜びそうだぜ」
 必死に、平静を取り戻そうと独り喋り続ける。
「能力はある程度制限されてるって、どんな能力だ?」
 サイコキネシス、気孔……能力といわれて思い浮かぶのはそれくらいだが、この程度ではとても『人間とは思えない』なんて言い方はしないだろう。


「だっぁーっ! わかんねぇぇぇっ!!!」
 結局、自分に出来たことなんて、放送の反芻だけだ。そこから新事実なぞ到底導き出せない。
 不安はどんどん高鳴る。『ゲームスタート』は刻一刻と迫ってくる。
「あんな放送聴いて『はいそうですか』なんて言えるわけねぇぜ、くそ、くそっ!」
 悪態ばかりが口をつく。
 その一方で、頭は必死に冷静さを求める。
「考えろ、考えろ……」
 ……自分はなにをすべきか。なにが出来るのか。
 支給品にもよる。殺し合いなんて、するべきじゃない。 当然だ。
 だが、最悪の場合(考えたくはないが)、相手が襲ってきたら? 自分の命を差し出せるか? ……その可能性は0じゃない。 
 もしかしたら、もうやる気になっている奴らもいるかもしれないんだ。
 顔も知らない殺人鬼が自分を襲ってくる光景を想像し、浩之は思わず身震いしてしまう。

「……冗談じゃねぇぜ。 そう簡単に死ねるかよ……」
「……まずは、あかり達を見つけよう。 全てはそっからだ」
 ようやく浩之は決起する。結局浮かんだのは、至極当然の案だった。
 いや、今、一番それが求められているんだ。いかに冷静な判断を下せるか、それが重要だ。
 浩之は心に刻む。
「常に冷静になれ。俺が、あいつらを守るんだ……」
 言い聞かせるように呟く。
「俺はあいつらの兄貴役なんだから……」
 

 そこでようやく、腕の拘束が解かれた。


「…………」
 立ち上がり、長い間拘束されていた腕をほぐす。
「……あかり、待ってろよ」
 自分のやけに真剣な声に、浩之は思わず笑みを浮かべた。それは自然に生まれた笑みだった。
 そんなに気張らなくてもいい。いつも通りの俺でいい。
 あいつらに会ったとき、自然に笑える自分がいればいい。
 あいつらに、……あかりに面倒くさそうなポーズが出来ればいい。
 そしたら、あいつらはいつものように、三者三様のリアクションを取るんだ。……ずっとそうしてきたんだ。
 浩之はゆっくりと歩みだし、ドアノブを開き外に出る。あの憎憎しい説明に従って、リュックを獲得する。ずしりと重たいそれを肩に引っ掛け、出口に向かう。
 ここから先は、どこにどんな危険が待ち受けているか判らない。 ……胸が高鳴る。 不安と恐怖に打ち震えるように。
 けれども、そんなもの、俺には似合わない。
 だから、俺は――。
「――かったりぃ」
 ――日常を演じた。  
「当分は、『これ』もお預けだからな」
 僅かに微笑む浩之。
 日常へのしばしの別れを果たし、浩之は確かな決意を胸に、非日常へと足を踏み入れる。この別れは、決して永訣なんかじゃない。
「絶対に……、取り戻すぜ」 
 この瞬間から、全ては始まる。 




藤田浩之
【時間:一日目午前11時26分】
【場所スタート地点その7焼場付近(H-07)】
【持ち物:重たいリュック(中身は未確認)】
【状況:あかり達を探す】 
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