プロローグ




 ジリリリリリリリリリリリ……!

 ベルがなる。
 目覚まし時計だろうか。うるさくてたまらない。岡崎朋也(012)はアラームを止めるために手を伸ばそうとし、
違和感を覚えた。目覚ましなんか、おれつけてたか? 同時に体がひどく不自由なことに気付く。満足に体が動かない。うっすらと目を開く。

 リリリリリリリリリリリ……!

「なんだ、こりゃ」
思わず愕然とする。自分のおかれてる状況はそれほど異様で突拍子もないものだった。朋也は車の座席のようなものに座ってシートベルトをつけていた。
ただし、居る場所は車の中ではない。小さな白い部屋だった。白い床に白い壁に白い天井。その中心にシートベルトをつけた自分が居る。

 リリリリリリリリリリリ……!

 目の前には小さな液晶画面があった。今はそこは真っ黒で何も映してはいない。
「ったく、なんなんだ、一体全体」
そう愚痴るとシートベルトを取り外しにかかった。が、そこで違和感。
「……どうやって外すんだ、これ?」
右下のシートベルトの先。通常ベルトを外すボタンがあるはずのそこにはそれらしいものはなく、黒光りする小さな金属体がついてるだけだった。
左上に手を伸ばすと、ベルトは自分のいすの背面に続き、そのままシートに直接固定ている。ためしに無理やり引きちぎろうとしてみたが徒労に終わった。

 リリリリリリリリリリリ……!

 ベルは未だになり続けていた。一瞬、世界に居るのがそのベルと自分だけのような、そんな錯覚がおきて恐怖する。
「おい、誰かいないのか!」
ベルの音に負けないように大声を張り上げてみるが、反応はない。首を動かして後ろを見てもそこにあるのはやはり白い壁だった。右手にドアが見えるがそこが開く気配はない。

 リリリリリリリリリリリリ……


 しばらくすると、ようやくベルが鳴り止んだ。岡崎は体勢を元に戻すとこの白い空間内にある自分以外の異物。すなわち眼前の液晶パネルを眺めた。
 ベルはやんだ。ならば次に何か動くとしたらここだろう。淡い期待でそこを見つめる。どんなことでもいい、何か反応してくれ。ベルはもう止まったんだぞ。

「お目覚めは如何かな」

まずは声がした。だがその声は、サスペンスドラマに出てくる例のヘリウムを口に含んだときに出る甲高い声だった。男のものとも女のものとも判断がつかない。
原理は知っていても思わずぞっとする。そしてすぐに液晶が明るく輝いた。

「まぁ、いろいろと混乱はあるだろうがとりあえず聞いてほしい」

画面の中にいたのは白いウサギの人形だった。子供の頃にテレビで見た人形劇に出てくるようなやつ。上から細い糸がつながっているのが見える。
 ただし、顔の部分だけはデフォルメされておらず、そこだけは綿ではなく剥製をつかったんじゃないかと思うようなリアルさがあった。不気味でしょうがない。
 話す間、口はパクパクと一定の動きをしていた。口内を模した赤い布地が明滅を繰り返す。
 ウサギの口ってあんなに動くものなのか? どうでも良い疑問が浮かんで消えた。パクパクパクパク。

「君らは今、沖木島、という島にいる。島に居る人間は全部で120人。島内の10箇所の施設に12人ずつランダムに君らは収容されている。
 つまり君のいる部屋の近くには少なくとも11人、同じような境遇の人間が居るってわけさ。少しは安心できたかい?」

岡崎は鈍く光るドアノブに目を向けた。耳をそばだててみるが見事なほど何も聞こえない。

「さて、ここからが本題だ」

ウサギが大仰に手を振り上げる。朋也もドアから目をはずし画面を中止するる。またパクパクと口が動く。

「これから君たちには殺し合いをしてもらう」

 コロシアイ? コロシアイってなんだ? コロ試合のことか。いや、なんだよコロって。
 いやいやまてまてひょっとしたらコロシ愛かもしれない。春原あたりが聞いたら『なかなか刺激的な感じだね!』などと興奮しそうな言葉だ。
 ほら、あいつのバカ顔を思い出して笑えよ俺。ここは笑うところだぜ。
 だが、自分の口からは笑い声はおろか、声一つ出てこない。ああ、わかっているさ。そこまでバカじゃねぇよ。
 コロ試合でもなくコロシ愛でもなく殺し合い。「コロシアイ」はどうねじまげようとも「殺し合い」に戻ってしまう。
 白ウサギはなおも単調な赤の明滅を繰り返していた。時折、つったっているだけでは芸がないとでも思ったのだろうか、話しながら申し訳程度に手足をばたつかせる。

「聞こえなかったりした人が居ると大変なのでもう一度言う。殺し合いだ。120人が1人になるまで、ね。
 勝ち残った1人には無事に家へと帰れる権利が与えられるってわけさ。理解したかい?」

理解できるわけがない。なんなんだ、これは。ふざけるのも大概にしろ、とどなりたくもなったが無意味なのでよした。
 たちの悪い冗談ならいい加減にしてほしい。冗談だとしてもこれは立派な監禁じゃねぇか。くそったれめ。
 朋也の混乱をよそに白ウサギは説明を続ける。画面が変わり、今度はニュース番組で見るようなCGで作られた紫色の棒人間がいすに座っていた。

「現在時刻はだいたい午前11時5分だ。20分になると各施設から一人ずつ、最初の10人の拘束が解かれる。
 以下、3分毎に10人ずつ拘束は解かれ、11時53分に全員の拘束が解かれる。その順番は完全にランダムだ。
 なお、12時にすべてのスタート施設は爆破するので部屋でじっとしているとと死ぬよ」

ヘリウム混じりの言葉に従って、棒人間が立ち上がりドアを開けた。

「ドアを開けて順路どおり進むとすぐに扉がある。その扉を開けたら、出てから扉をきちんと閉めてくれ。
 すると、扉にはロックがかかり、元に戻れなくなる。そして、同時に戸棚の一つがランダムに空けられる。
 そこにリュックが一つ入っている。それが僕らから君らへのプレゼント、このゲームを生き抜くための支給品だ」

棒人間は律儀にヘリウムの言うことを聞いてバッグを受け取る。
そこで彼の役目は終了だったのか、画面はまたも移り変わり、今度はアイテムが所狭しと並んでいる風景となった。

「支給されるものは水2リットル、食料6食分、コンパス、地図、筆記用具、参加者の名簿、懐中電灯、
それから武器とその説明書だ。武器にはさまざまな種類がある。これも何が誰に当たるかはランダムだ」

画面はまたそこで変わり先ほどと同じウサギがでてきた。

「さて、もう一つ、重要なルールがある。何人かは気付いているかもしれないけど、君らには首輪がつけられている」

ウサギは自分の首をちょんちょんとさしながらそういう。首輪? 全然気がつかなかった。
 ためしに首に手をやると細いプラスチックが指先に当たった。たどっていくと、首の後ろ辺りだけ出っ張っていてそこだけは硬質な手触りがした。

「むやみに外そうとしないでくれ。無理やり外すと首輪につけられた爆弾が爆発する。とうぜん君らは死ぬよ」

そういわれて、慌てて手を離す。

「もちろん優勝者にはその首輪を外して差し上げよう。さて、その首輪が爆発する条件は三つある。
一つは無理やり外した場合、もう一つはこの島から外に出た場合、
そして最後はゲーム開始以後、連続して24時間誰も死ななかったときだ。その場合、全員の首輪が爆発するからね。防ぐには誰かを絶えず殺し続けることさ」

つまり、無事に帰りたかったらこの殺し合いゲームに乗るしかない、ということを言いたいのだろう。

「個人的なアドバイスだけど、『みんな、殺し合いなんかするわけないさ』なーんていう思考は捨てるべきだね。
 参加者の中には何人か人間とは思えないような連中が居るからね。自分のことだな、と心当たりのある連中は居るだろう?
 しかし、安心するがいい。彼らの能力はある程度制限されてる。もし君がひ弱な女の子でも武器さえあれば、そいつらにだって勝てるさ」

ふっとそこでウサギの動きも説明の声も一瞬止まる。だが、それは特に何らかの意味があったわけではなかったらしい。すぐにウサギは言葉を続けた。

「説明は以上。最後にこのゲームの主催者からのメッセージを贈ろう。『君らには色々と期待している』とのことだ」

そこまで言うと不意に白ウサギは右手を上げて手を振る。

「それでは10分ほどしたらゲーム開始だ。グッドラック!」

そして何の前触れもなく映像は途切れた。




岡崎朋也
【時間:一日目午前11時10分ごろ】
【場所:スタート地点その1(A-02の岬)】
【持ち物:なし】
【状況:健康、混乱】


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